【就学相談(1)母と父で就学希望が異なる問題】発達凸凹5歳年長

我々には判断できないので、プロの意見に従うことにした。就学相談は恐怖に怯える場ではなかった、っておはなしです。

こんばんは、はたのんです。このブログは、アスペルガー症候群はたのんママが、発達凸凹のある息子(自閉症スペクトラム)といっしょに成長する記録です。

画像提供:写真AC  チョコラテさん


 就学相談(1)母と父で就学希望が異なる問題 


いよいよ7月になりました。就学相談の季節です。すでに疲れ果ててます。脳が。

就学相談の説明会で配布された受付書類の記入が大変な量です。何度書いたことか。首が座ったのはいつか、発語はいつか、など簡単な質問から、何を書けば良いか分からない難解な質問までありました。

人見知りはいつか、走ったのはいつか、複数の発語が始まったのはいつか、母子手帳にメモしていない質問もありました。こういった質問が何に活かされるのか知らなかったので、記憶が曖昧です。療育に通うまで、それらの開始時期が重要な出来事との認識も薄かった。個人差があるから気にしなくて良いという言葉を、そのまま信じていた。

(・ω・)  もしも、次に子育てする機会があれば、未来のためにしっかり記入したいと思う

就学相談に向けた書類のなかで、もっともズシンのくるものは「就学希望」を記入する用紙でした。

去年のいまごろには、すでに悩んでいた。ちょうどいまごろ、支援級の見学へ行ったのだ。みんなが幼稚園入学の余韻を楽しんでいるあいだに、我が家はすでに小学校の心配をしていたわけだ。

そうやって悩んできたわりに、就学希望がはっきりしない。悲しいことに。

母の意見。支援級を希望。幼稚園の様子を見ていると、通常の学級で馴染めるとは思えない。入園当初のように不登校になる可能性が高いと思う。

父の意見。通級を希望。知能の遅れが無いのだから、中学や高校は通常学級へ進学することになる。6年間で3年生までの学習をする支援級では未来の選択肢が狭くなる。

お互いに意見を出し合った結果、自分たちでは判断ができない。白紙で提出して、教育委員会のプロの目で判断してもらおうということになった。

「支援級」の判定が出た場合には、情緒級がある地域へ引っ越すことにする。近隣の支援級は知的級のみ。情緒的な理由での受け入れは前例が無いので難しいようだ。情緒級のある小学校まで毎日送り迎えすることを考えると、引っ越すのが現実的だと思う。

わたしは支援級を希望しているけれども、実際に支援級の判定が出たら落ち込むと思う。気持ちの整えかたを教えてほしい。

(・ω・)  って話を、就学相談の1回目面談でしてきた

父と母のあいだで意見が異なるのはよくあることだそうです。男性は実際に幼稚園で集団行動ができない様子をみる機会が少ないので、実像を認識していない傾向があるそうな。

父の反対で就学相談を受けず、年末の就学時健診で就学相談を受けるように指示される家庭も意外と多いと言うておった。うちの父は理解があるほう、かもしれない。

1回目の面談を担当した男性によると、「通級」の判定が出る可能性が高いとの意見でした。

(・ω・)  あっさりと言われて驚いた。判定の日まで個人的な意見は言わないのかと思ってた。

「通級」の判定になったとしても、通常のクラスに馴染むのが難しいと判断された場合には学校全体で補助の先生を多めに配置したり、サポートの準備を考えてくれるそうな。入学までに相談に来てくれたら、対応できることはたくさんあるから心配しないで良いと言われた。

(・ω・)  なんとかなりそう。感謝。

ネットの情報から「就学相談、恐怖、圧力かけられる」  悪のイメージをもっていましたが、予想外の良い時間になりました。

(・ω・)  なんで、あんな怯えてたんや

まあ、就学相談の進展を筆頭になんだかんだあって、わたしの心は晴れています。ブログを書いている日は、幸せな時間を過ごした日です。のんきにブログをかけるのは、幸せなことです。

きょうは幸せで平凡な日だった。良き。

困難を予期するな。決して起こらないかも知れぬことに心を悩ますな。常に心に太陽を持て。
ベンジャミン・フランクリン

わたしは未来に闇を見つける天才である。2022年後半は、未来に希望を見つける人になりたい。

ほな、また(・ω・)  よしなにー。

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