【生まれた理由は自分の希望とは異なる】人生は公平ではない

不登校ひきこもりになったアスペルガー症候群(発達障害)当事者が考えた「生まれた理由」と、その後の気持ちの変化についてのおはなしです。

こんばんは、はたのんです。このブログは、不登校訪問専門員とひきこもり支援相談士の資格をもつ、アスペルガー症候群当事者はたのんママが、発達凸凹のある息子といっしょに成長する記録です。

栗と苔がのった天秤

画像提供:写真AC やまざきゆうみさん


 【生まれた理由は自分の希望とは異なる】人生は公平ではない 


わたしは高校時代に不登校ひきこもり状態にあった。そのとき、「自分とは、いったい何か?」について、長い時間を費やして考えた。

わたしは、わたしひとりで成り立っている。そのように考えていたけれども、考えているうちに、わたしはわたしひとりで成り立っているのではなく、地球の一部なのだと感じるようになった。血液を流れるヘモグロビンと一緒。自分の好きな場所へ動けるようにみえるけれども、実際には特定の場所しか移動することができない。血液のなかを動き回るヘモグロビンと一緒だと思った。

それから時間が過ぎて、社会復帰したわたしは大学生になった。大学では、解剖の授業があった。つい先程まで動いていた動物が、麻酔で動かなくなり、解剖されるのだ。

動物たちは、死んでしまった。本人たちが、思いもよらぬ形で。

(かわいそうだ) はじめは、そう感じた。でも、しばらくすると、違う考えが浮かんできた。実験に利用する動物は、実験に利用するために生まれてきたのだ。生まれた理由、目的を達成しているではないか。生まれた理由は、自分の希望(幸福な暮らし)とは異なるものだったかもしれない。でも、生まれた目的を達成した。

同時に、ハッとした。

わたしは自分が生まれた理由を探していたけれども、わたしの人生もまた、解剖に利用した動物のように、自分の希望と一致する(幸福になれる)とは限らないという事実に気づいたからだ。

わたしのようにアスペルガー症候群(発達障害)の特性をもっていると、まわりの人から疎まれたり、嫌われる可能性が高くなる。不登校ひきこもり状態になる人も多い。多くの場合、それは本人が望んだ人生ではない。だから、自分の「生まれた理由(幸福になれる理由)」を探してしまう。

本当は、そうじゃないのかもしれない。生まれた理由は自分の希望、幸福になるという目的に向かっているだけでない。幸福にならない理由をもって生まれる人間だって、存在するのかもしれない。

どうして、人生は不公平なのか。

小学校の先生は「努力すれば、できる」「できないのは、努力がたりないから」と何度も口にした。わたしは、あの言葉に苦しめられてきた。わたしがまわりの人間と上手くしゃべれないのは、努力が足りないから。いやいや、そうではない。アスペルガー症候群(発達障害)の特性によって、まわりの人々と価値観が異なったからだ。

みんなが当たり前にできることが、わたしにはできなかった。どうして、人生は不公平なのか。

周囲への不信感、人生への絶望を抱いていた。そして、出会った言葉がある。

「人生は公平ではない、それに慣れるべき」
ビル・ゲイツ

人間は公平にできている、努力が足りない、努力しろ、と声高く言う人が多いなかで、公平ではないと言い切ったビル・ゲイツの言葉は、わたしの心に響いた。慣れるべき、という潔さも。

そりゃ、そうだ。

わたしも、本当は定型発達の人間として生まれたかった。「普通」になりたかった。でも、普通ではない自分に慣れるべきなのだ。人生は公平ではない。だから、公平ではない人生に慣れて、生きていくのだ。

そういえば、人間は突然変異によって、猿から人間になったらしい。わたしのようなアスペルガー症候群(発達障害)の存在は、ゆるやかな突然変異と呼べるのではないか。

わたしがアスペルガー症候群(発達障害)として生まれた理由は「人類の進化のため」かもしれない。

ほな、また(・ω・) よしなにー。

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