息子三歳が大事にしていたフォークを捨てるとき、本人よりもママが寂しい気持ちになったっておはなしです。
うっかりフォークが溶けました
キッチンの掃除をしたときに、お箸やスプーン、フォークを入れたコップの位置を変更しました。
(・∀・) 年末にね
それから5か月、普通に生活をしていたのですが、突然変異が起こり、周囲が熱を帯び、息子三歳が大事にしていたトーマスのフォークが溶けました。半年近く置いてあった信頼と実績があったので、そのあたりが熱くなる可能性を考えたこともなく、びっくりしました。
息子三歳が、一年以上前から大事に使っていたフォークです。がっかりするだろうな。と、しょんぼり。
「大事にしてたトーマスのフォーク溶けちゃった。ごめんね」と謝ると、「しかたないよー。おはし、じょうずにつかえるから、だいじょうぶだよー。もう三さいだからねー」と、息子三歳はまったく問題なさそうな様子でした。あら、意外と気持ちの切り替えが早い。
ママたちと色違いの大人フォークをプレゼント。可愛いキャラクターはついていないけども、「ママも、パパも、いっしょだねー」と喜んでいました。
ゴミ置き場に運ぶ「いままでありがとね」
息子三歳はフォークのことなんて、すぐ忘れたようですが、はたのんママはなかなか気持ちを切り替えられず、ゴミとして仕分けするまで時間がかかりました。
|ω・) このフォークで一生懸命、ごはん食べてたんだなあ。ずいぶん汚れちゃったし、色も薄くなってるけど、捨てるのは嫌だなあ。
溶けたフォークを見ながらモジモジしていると、息子三歳が「とけたフォーク、すてないの? じぶんですてる!」と、ゴミ箱へポイッ。「いままでありがとねー」とフォークに手を振り、「ゴミすててくれて、ママうれしい? おてつだいしてくれて、ママうれしい?」とニコニコ。
息子三歳が軽やかにフォークを捨てるところを見て、モノがなくなっても、思い出がなくなるわけじゃないし、壊れたものは捨てないと。ひとつ捨てたら、ひとつ良いことがあるはずだと、わたしも気持ちを切り替えることに。
市町村のゴミ回収分類ブックを確認して、息子三歳と一緒に燃えないゴミ置き場まで捨てにいきました。
息子三歳は「いままで、ありがとねー!」と手を振って、フォークとさよならしていました。
0歳の沐浴時代から使っていた温度計とさよなら、母は悲しい
溶けたフォークと一緒に捨てたものがあります。0歳の沐浴時代から使っていた温度計。ずっとお風呂に置いてあったので、カビカビるんるん。お風呂場で見たときは(ゴミだ)と判断したのですが、燃えないゴミ置き場に捨てられた温度計を見ると、寂しい気持ちになりました。
|ω・) 0歳の息子との思い出を捨てたような喪失感。
息子三歳は「いままで、ありがとねー!」と言いながら、軽やかにポイッ。
|ω・) 本当に捨てて良いの。良いのー、いまなら回収できるけどー。
沐浴を終えて以降3年ぐらい使っていないし、これからもおそらく使わないけど、寂しい。捨てたくないなと後ろ髪ひかれながら、家に戻ってきました。
わたしはモノを持たない、シンプルな暮らしをしています。でも、子どもにまつわる品は、なかなか捨てられません。息子三歳がグッチャグチャにした折り紙とか、お絵描きとか、創作物が収納を圧迫してる。こうやって、家がゴッチャーとなるんだなあと、モノだらけになった実家の様子、遠く離れた母を思い出しました。
実家が物で溢れていたのは、お母さんやお父さんの愛だったのだなあ。愛は、そのものだけを愛するのではなくて、それにまつわるいろんな想い、出来事を重ねて、成り立っているんだなあと気づきました。
ほな、また(・∀・)よしなにー