【お母さんも休んで、と言うけれど】とある不登校の親の話

「見守りましょう」なんて あたたかな言葉を使っているけれども、実際には無関心で放置することが許されただけ。綺麗事言うな。と思っている、という話です。

こんばんは、はたのんです。このブログは、アスペルガー症候群はたのんママが、発達凸凹のある息子(自閉症スペクトラム)といっしょに成長する記録です。

画像提供:写真AC GTR719さん


 【お母さんも休んで、と言うけれど】とある不登校の親の話 


不登校関連の支援者は「お母さんも、ゆっくり休んで」という言葉を、よく口にします。

正論。そのとおりです。

だけど、どうやって休めばいいの?

お世話するしかないし、話し相手になるしかないじゃん。

「(子どもが)暇な時間に何をしたらいいか分からない」と相談しても、子どもが毎日学校や保育園に通っている人には質問の意味を理解するのが難しいようです。

好きなことをやればいい!

正論。そのとおり。

でも、小学生の子どもが、毎日毎日何時間も何時間もやり続けるほど熱中できること見つけられると思う?

子どもが選択できることなんてTVゲームしか無いのよ。

「ゲームがやりたいからやってるんじゃない。やることが無いから、やってるねん」と口にします。本当に、そのとおり。毎日、暇しているように見えます。

学校に行かない自由があってもいい。でも、それで、生まれた時間にどんなことをやったらいいか教えてくれる人もおらず、情報も無い状況で自由に過ごすのは、大人でも難しいと思いませんか。

こんなことやってる人がいるというリストだけでもあれば、全然違う。

「見守りましょう」なんて あたたかな言葉を使っているけれども、実際には無関心で放置することが許されただけなのだと思う。

家族以外の誰も見守りに参加していないから、支援者はなんの情報も持っていない。違う?

見守り、ちゃうやん。親以外、誰も見てないよ。

他人は心配するふりすらしなくて良くなった。それだけじゃないのかね。

綺麗事言うな。と思っています。

そう、わたしはいま、とても疲れています。

ほな、また(・ω・)よしなにー。

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